お葬式

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日」

 

記憶に残っていること、お葬式。

私には感情がない?、どこか冷めている?そんな風に自分のことを思っている。

 

 

小学生の頃、私には二人のおばあちゃんがいた。一人は血がつながっていない大ばあちゃん。そして、父親のお母さんにあたる中ばあちゃんがいた。最初に亡くなったのは中ばあちゃんだった。中ばあちゃんには怒られたことがなかった。3人兄妹の末っ子だった私は、兄妹げんかをすると大抵負けて泣いていた。泣くと中ばあちゃんはおんぶして、家の近くで働いている母親の元に連れて行ってくれた。旅行に行くとお土産を買ってきてくれて、優しい中ばあちゃんだった。

 

ある日、中ばあちゃんが大腸がんになった。残された時間が短い事が分かったのか、家族みんなで最後の旅行に鎌倉に行った。まだ小さかった私は、その旅行がどういう意味の旅行かはわかっていなかったと思う。

ばあちゃんは徐々に痩せ、弱り病院に入院するようになった。お見舞いにはよく行った。私たち兄妹は病院で買う焼きおにぎりが大好きで、毎回自販機で買っておばあちゃんの病室で食べていた。冷蔵庫にいつも残っているフルーツゼリーは中ばあちゃんがあげると言ってくれて、喜んで食べていた。

病院というのは不思議で、どこか重い空気が漂っている気がする。古い病院だったということも関係しているのかもしれないが、当時の廊下の照明がうす暗かった事や、地下にある暗い霊安室が怖かったことを20年以上経った今でも覚えている。中ばあちゃんが闘病して半年くらいでなくなった。お見舞いで少しずつ元気がなくなっていく中ばあちゃんを見ていたが、人が亡くなるという事がどういう事か当時の自分は理解していなかった為、悲しいという感情はなかったんじゃないかと思う。

 

お葬式で初めて火葬というのを知った。あれだけ優しかった中ばあちゃんがいなくなった時、私は泣かなかった。家族が居なくなるという不思議な感情のほうが強かったのか、泣くことはなかった。火葬で骨を拾う時も、親戚の人たちが周りにいて、緊張しながら骨を拾ったことを覚えている。

そして、数年して大ばあちゃんがなくなった。この時も私は泣かなかった。人とというのは何故泣くのか、どうして涙が出るのか、当時の私は不思議だった。

 

まだ10歳よりも小さかった頃の記憶、鮮明に覚えている記憶。

人の記憶というのは、面白い、楽しいという記憶よりも、悲しい、苦しいといった記憶の方が鮮明に残るという事を聞いたことがある。私の場合、おばあちゃん達が亡くなった時に涙は出なかった。しかし、その当時の記憶は鮮明に覚えているという事は悲しいや苦しいといった感情ではない、違う感情がこの記憶を鮮明に残してくれているのではないかと今では思う。

 

私は感情がない?どこか冷めている?

 

答えはわからないけど、

 

毎年おばあちゃん達のお墓参りでは、笑顔のおばあちゃん達と心で会話をしています。

 

KTSK’s Blob